寒風古窯跡群を発見した黙水さんについて

寒風の古い窯跡を発見、調査した人物です

  • 時實黙水ときざねもくすい(本名:時實和一ときざねわいち
  • 明治29年(1896)4月29日~平成5年(1993)6月13日
    享年96歳
  • 岡山県邑久郡長浜村(現:岡山県瀬戸内市牛窓町長浜)出身

黙水さんは、昭和2年(1927)10月25日に寒風で須恵器を採集したことから須恵器に興味をもち、勉強して知識を深め、邑久古窯跡群などを訪ね歩いて須恵器などを集めました。そして、その成果を考古学専門の機関誌『吉備考古』に発表をしたり、自分で資料図録『オクノカマアト』(全5冊)の出版をしました。黙水さんの集めた「時實コレクション」と言われる資料には、出土した地番・深さ・発見年月日などがしっかり墨で書かれており、資料の学術性を高めています。
寒風陶芸会館の中庭には黙水さんの功績を讃え、長年の努力に感謝の意をこめた備前焼の陶像が建てられています。
現在、寒風古窯跡群が国指定史跡として価値が認められ、大切に保存されてきたのは黙水さんの努力によるものです。

黙水さん肖像
写真提供:瀬戸内市
「広報うしまど5月号 昭和63年5月20日発行 No.276」
黙水さんの生涯
■明治29年(1896)1歳
4月29日邑久郡長浜村(現・瀬戸内市牛窓町長浜)にて、父重三郎、母津知の次男として生まれる。
■明治39年(1906)11歳
就将尋常小学校を卒業、邑久高等小学校に入学。
■明治43年(1910)15歳
邑久高等小学校を卒業後、実家の農業を手伝う。
■明治45年(1912)17歳
実家を出て岡山市に居住。自由律俳句に親しみ、号を黙水と称す。
電車の車掌として働いた時期がある。
■大正4年(1915)20歳
長浜の生家に戻る。農業のかたわら、俳句・短歌に没頭する。
■大正11年(1922)27歳
自宅そばの小高い丘に鶏舎を建ててもらい、養鶏業で自活。
■昭和2年(1927)31歳
寒風で須恵器の完形の蓋を見つけ、土器に興味をもつ。
■昭和3年(1928)32歳
民俗学に関心をもち、童謡、方言、年中行事、民間食物、植物などについて調査する。
■昭和4年(1929)33歳
考古談話会(のちの吉備考古会)に入会。
寒風古窯跡群の一角を購入して本格的に発掘調査を行う。
■昭和9年(1934)38歳
機関紙『吉備考古』20~29号に「土器ト窯址二就テ」を発表。
水原岩太郎らとともに師楽窯跡を発掘。
■昭和10年(1935)39歳
寒風古墳横穴式石室を発掘。
■昭和15年(1940)44歳
『大伯ノ窯跡1』(須恵器記号集成)を自費出版。
『大伯ノ古瓦』を自費出版。
■昭和16年(1941)45歳
『大伯ノ窯跡2』(スエノウツワモノトッテ)を自費出版。
■昭和17年(1942)46歳
『大伯ノ石器1』自費出版。
■昭和18年(1943)47歳
『大伯ノ石器2』自費出版。
■昭和19年(1944)48歳
『大伯ノ窯跡3』(台形須恵器)『大伯ノ窯跡4』(コシキ型須恵器)を自費出版。
山手村に開館された吉備考古館に、昭和7年から昭和19年までの12年間にわたって蒐集した遺物およそ1500点を寄託する。
■昭和21年(1946)50歳
『大伯ノ窯跡5』(円形陶硯)を自費出版。
■昭和30年(1955)59歳
牛窓町文化財専門委員に任命される。
■昭和36年(1961)65歳
『大伯ノ石器3』自費出版。
■昭和51年(1976)80歳
戦後に蒐集した遺物を牛窓町民俗文化資料館に寄託する。
■昭和52年(1977)81歳
岡山県文化財保護協会賞を受賞する。
■昭和53年(1978)82歳
勲六等瑞宝章を受章する。岡山県教育委員会による寒風古窯跡群の磁気探査とトレンチ調査の案内役をつとめる。
■昭和54年(1979)83歳
内閣総理大臣官邸で開かれた「昭和53年度芸術文化に活躍された人びとの懇談のつどい」に出席する。
■昭和61年(1986)90歳
寒風古窯跡群が国指定史跡となる。
■昭和63年(1988)92歳
寒風陶芸会館の中庭に、備前焼作家・島村光氏によって制作された陶像が建てられる。
■平成5年(1993)97歳
6月13日死去。
「黙水さんと寒風古窯跡群」より
発行:寒風ボランティア協議会

紙芝居”黙水さん"

黙水さん(本名 時實和一)は、吉備地方最大の須恵器の生産地のひとつ“寒風古窯跡群”を発見した在野の考古学者です。
ワンピース風のユニークな服を着ていたことから、地元では“スカートのおじさん”と呼ばれていましたが、“岡山の考古学の先達”と称される郷土の偉人です。また、考古学だけでなく、民俗学や文学、漢方医学、植物にも精通しているなど、幅広い知識をもった人でした。
周りの評価など気にとめず、信じる道をひとすじに歩み、質素でエコな暮らしを貫いた黙水さん。社会の矛盾を鋭く見抜く目をもちつつ、ユーモアを解し、詩歌を愛するロマンチストでもありました。
亡くなった今も、周りの人たちの心に強烈な印象をのこしている黙水さん。
この紙芝居がそんな黙水さんを知っていただく機会となることを願っております。